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10.05.29 土

あなたなら、どうする?

書く気ありませんでしたー。
Blogに飽きたわけではないんですが、新しいネタを仕入れていないので、そういう方向では物理的に書けないですよね。
でもって、久々のグダグダ・コラムです。本当にグダグダです。

基本的に頭が悪いので、勝手に考えているだけなので、厳しい突っ込みは勘弁してください。
優しく教えてくださるのは嬉しいです。
と言うわけで。

以前にテレビかなんかで、「笑う」のは人だけである、と耳にしたことがある。
「嬉しい」気分を感情の表現として表すのは、犬などでもあるけれど、人の「笑う」というのとは違う気がする。
そういった意味で、「笑う」のは人だけなのだろう。

ところで、このBlogを読んでいる人の中に「悪人」はいるだろうか。
「悪い」ことを由として生きている人はいるだろうか。
人は「出来れば良い環境で、良い人生を送りたい」と考えるものだと思っている。
どうにもならない環境下において、諦めはあっても、それを由とはしないはずである。
「善き人」でありたい、とまでは思わないにしろ、「悪人」である事を好む人はそう多くない。

正確に言えば、「悪人である」と思われるのは、あんまり気持ちのいい事じゃない。
だから、人の社会はバランスを保って成り立っていると思う。
それは例えば、カインとアベルの話に見られるように、善と悪という二極の存在は昔から人の社会では当たり前だった。
人以外、即ち動物の世界では、どうだろう。人から見て「悪い」ことをする動物はいても、個々の動物においては、善と悪の区別はあるのだろうか。
例えば総合的に群れの中において、不利益になるとみなされ、それは「悪」ととられる事は生じると思えるけれど、意図的ではない。
「善い」事と考えて行動している事はあるのだろうか。
もっと言うと、「善い」と思われたくて行動している事はあるのだろうか。

人の多くは「善い人」だと思われたくて行動する事がある。
「悪い人」だと思われたくなくて、行動する事である。
意図的なものはもちろん、無意識のうちにもする。
その行動は往々にしてジレンマを生むことが多い。
ジレンマから生じるズレを戻そうとしても、自分が作り上げた、他人への理想像を壊さなくてはいけなくなる。ズレが大きければ大きいほどに、葛藤も大きくなる。
結果、壊せない人も多いのではないかと思う。

社会的には正しいとされる「善」であっても、個々にはジレンマが生じる「善」という、不思議な話。
これは、とても人間らしい話なのかも知れない。と思ったベッドの中。

個人的には「悪人」だと思われても仕方のない人生を送っております。

10.03.03 水

幸田 文「きもの」

幸田 文「きもの」1番好きな作家は、と聞かれたら「幸田 文」と答えると思う。
著作の中でも特に「きもの」が好きだ。
最初に読んだのは、母が図書館から借りてきたハードカバーだったと思う。
立派な装丁だったけれど、軽く手招きをされて、呼ばれてみたら話し込んでしまった。そんな親しみやすい文章だった。
借りてきたものだから、返さねばならない。
手元に置きたくて本屋まで行ったけれど、その頃の手持ちでは少し無理な値段だった。

数年後に、偶然文庫本になっているのを見つけて即座に買った。
新潮文庫で552円。まだ税別表示だった頃の話。

文庫本にカバーをつけられるのは好きじゃない。
紙によってはガサガサかさばるし、読み辛くなるから。
だけど、表紙が汚れるのも嫌なので、必ず裏返す。
つまり、裏の白い面を表にしてかけ直して読む。
このおかげで、何度となく読んできた本ではあるけれど、表紙はそれなりにキレイなままだった。

「きもの」の中で書かれているのは、主人公るつ子と着物にまつわる話なのだが、自分たちが着るものへの気持ちは、着物だろうか、洋服だろうが、そんなに変わらないと思う。
だけど、着物というものは「再生」を念頭に作られているもので、真っ直ぐに断って、真っ直ぐに縫う事がほとんどなので、糸を解くとまた布へと戻る。洋服はそうはいかない。
着物は衣服としてではなく、布として生かされていくものなんだと思う。

幸田文の「きもの」は着物への愛着を始めとした様々な思いが溢れた小説なのだと思う。

さて、なぜに今更この話を書いたのかと言うと。

先日、(某)にスーツのパンツにアイロンを頼まれた時の事。
夏・冬に分けて、(某)はワンシーズンに多くて3着のスーツを着回す。
座りっぱなしならまだしも、立ったり座ったり、かがんだり、作業中にひどく汚して帰ってくることもある。上着は脱いで置いておくことが出来ても、パンツまで脱ぐわけにもいかないので、必然的に早く痛むのはパンツの方である。
よく擦れる部分と思われる場所の生地が、随分と薄くなっていた。中に通した手のひらが透けて見えた。裂けるまで1つ手前、という感じだった。
新しく買い直さなくてはいけないが、すぐ買いに行けるわけもない。だけど万が一、お客さんの手前で破れたりしたら格好がつかないし、そうじゃなくても気になって仕事にはならないだろう。
ものすごい応急処置で、家にあった黒い厚手の接着芯で裏から補強しておくことにした。

アイロンでの接着だけでは心許ないが、継ぎ目のような縫い目を出すわけにもいかないので、広めの範囲を補強しておく事にしたのだけれど・・・、思ったよりも大きくなった。よく擦れるという事は、よく肌があたる場所でもある。布1枚分の違和感はあるだろうなぁと思った。

ダメになったら買い直し。その繰り返しだから、(某)のスーツが増えていくことは滅多にない。
着回せるスーツの数が、もう少しあると助かるのにと思った。
そう言えば、ビジネスシューズも買わないといけない。

スーツや靴の話になると、自分の父を思い出す。
父はお洒落にこだわる、と言うか、外見に非常にこだわる人だった。
「だった。」と言っても、父はまだ生きているが。

背も高いほうだが、横もある。しかも見栄えにこだわる人だったから、家にあったスーツは全て作ってもらったものだろう。父と母の寝室にあったウォークイン・クローゼットの中身の半分は、父のスーツだったと思う。クローゼットに入って、下段両脇にズラリとかけられていたのを覚えている。Yシャツとネクタイの数も半端ではなかった。それに合わせるカフスとネクタイピンも、専用の引き出しがあった。
父は朝の仕度で、1つ1つの組み合わせを入念に行っていた。組み合わせが決まると、母に「靴は茶の紐のコレコレを出しておいてくれ」などと告げて着替えに入る。靴も相当数があった。4人家族で男は父1人なのに下駄箱の6割は父の靴だった。黒だの、茶だの、赤茶だの、もしかすると20足弱はあったのかも知れない。それらの靴磨きは全て私の担当だった。磨くときには下駄箱から全て降ろす。並べた靴の数に、その作業にため息が出た事もある。

全ての仕度を終えて、いざ出勤となって「やっぱり靴が違うな」と言い出すはしょっちゅうだったけれど、玄関の姿見でくまなくチェックして、シャツの色が違う。と着替えに戻る事も月に2度くらいはあった。そのシャツも早クリーニング・バッグ行きになる。
スーツとYシャツ、ネクタイ、全てクリーニングだった。父の家での洗濯物は下着とハンカチ、それからパジャマだけだった。
父は毎晩パジャマも取り替える人だった。

だがそもそも、父は毎晩きちんと家に帰ってくるような人ではなかったのだが。

今ではそんな父も、後妻の奥方はシャネルのスーツだのを着ているようだが、自分はどこかのスーパーの衣料コーナーでお得に買ってきたシャツなどをあてがわれている。数年前に久々に会った時に、一目でそれと分かるシャツを着ている父を見て、思わず「そのシャツ、どうしたの。」と聞いたら、「○○が買ってきてくれたんだよ。いいだろ?」と笑顔で話したのを見て、面食らったのは今でも覚えている。後から姉に聞いたら、最近はそればかり着ているようだと言う。確かに襟や胸ポケットのふちがよれていた。
別に高くて良いものを着なくてはいけない、という事を言うつもりはない。それがお洒落だとか、良いとも全く思わない。だが、毎日のように客や取引先と顔を合わせて、見た目で判断されてしまうのは、他でもない父である。恥ずかしい思いをさせてはならないとは思わないのか、ユ○クロであれば、また印象も違ったのに。姉と2人、姑のように後妻に対して嘆いたものだった。

Yシャツの襟の擦り切れの始まったところ、スーツのパンツのてかり。お客には襟の内側まで見えない、お客に尻ばっかり見せているわけじゃない、気持ちも見た目もごまかしながらのアイロンがけ。そんな時に頭をよぎるのが、「きもの」の中の一節だったりする。

10.01.05 火

お年賀タオル

お年賀タオル、という風習を現在の住まいに引越して来てから、初めて知った。
ホームセンターや、ドラッグストアで大量に「お年賀タオル」というモノを見て、そりゃなんぞ?と思ったものだ。
お年賀の熨斗のついたタオルなんて、見たことがなかった。

はて、地元や前の地域にいた頃に、そんなモノを頂いた事があっただろうか。
粗品でタオルをいただいた事はあったけれど、アレは年賀とは関係ない。

実家は、頂き物のタオルは、どんな物でも使わない家だった。
全て無地で買い揃えたタオルを使っていた。
父がそういった「名入り」のモノを嫌っていたし、母は少しでも柄がついている物が嫌いだったから、自然に買い揃える事になったのだと思う。
高校生の時に、友達が家に遊びにきて、洗面所の揃えられたタオルを見て、「この家は金持ちなんだ」と思ったという。
もちろん、そんな訳はなかったのだけれども。

後々、そんな所に金をかける余裕はないだろう、という経済状況になった時も、家で使うタオルには「名入り」はもちろん、頂き物のタオルは出てこなかった。
もらわなかった訳ではないのだから、それらがどこへ来るかと言うと、私の家である。
ただ、そんな家で育ったものだから、柄物はまだしも、名入りのタオルは使う気になれなかったりする。
贅沢な気もするが、名入りは全部、雑巾にする。
気に入って自分で買ったものや、頂いたフカフカのタオルは、多少やつれたぐらいでは雑巾にする気にもならないが、名入りは新しくても、心置きなく雑巾にできる。
のはずなのだが、少しだけ後ろめたい。

小学校の頃に見たテレビドラマで、もらい物のタオルばかりをつなぎ合わせて寝間着を作り、お金を貯め込んでいる女を笑っているシーンがあった。
要は、それくらいケチな女だと笑っていたのだが、もちろん、そうまでする理由があった訳なのだけど、出てきた寝間着がこれまた、地も薄くなったペラペラのタオルをつなぎ合わせたものだった。
小学生の目にも、その寝間着はみっともなく見えた。

お年賀タオルをいただいて、「あ、また雑巾だな」と思ってしまう心の内。
そんな心と、ペラペラの寝間着を見て顔をしかめた小学生の頃の私がリンクする。
自分を浅ましく感じる瞬間である。

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