まとまりのない、なにか。
皆様こんばんは。
今、日本は未曾有の出来事と向き合っています。
安直に言いたくはありませんが、亡くなられた方々のご冥福をお祈り申し上げますとともに、被災された地域の皆さま、その家族の方々に心よりお見舞い申し上げます。
こんな言葉では言い尽くせない程に、どれほどの悲しみとショックが人々を襲ったでしょう。
私には分かりません。
その日、私は都内に出向いておりました。
ビルの中で地震にあい、初めて地震で悲鳴をあげました。
あと少しで帰宅難民になるところを、優しい友人たちによって免れました。
そして今は、これまで当たり前だった日常が変わり果てました。
だけど、そんなことは正直、屁でもありません。
被災地や被災者の方々に比べれば、いえ、比べる事もおこがましいほどに、私は恵まれているからです。
どんなに想像しても、どうやっても、私には当事者の方々の思いは分かりません。
せめて少しでも早い復興を望み、祈ることしか出来ません。
さて、ここから。これは関東近郊の話。
マスコミ、特に民放のテレビ局のデリカシーのない報道。
電車で移動しようと思えば出来るのに、物資供給のトラックを優先せずに、ガソリンスタンドに群がる人々。
明日食べるものがあるはずなのに、必要以上に食べ物を買い漁る人々。
オイルショックとは全く関係ないのに、トイレットペーパーを買い漁る人々。
そんなに寒くないのに、薄着で寒いって言ってエアコンを付けちゃう人々。
必要な情報や物資を、本当に必要とされる人々に届けようとしない人々を見てきました。
私はそういう、想像力の欠如した人間が大嫌いです。
全てを理解しなくてもいいのです。それは無理だから。
だけど、少しでも思いはかろうとする。それが出来ない人が大嫌いです
むしろ、氏ね。
自分だって、そんなに崇高な人間じゃないけれど、最低限の常識は備えているつもり。
確かに1日に3時間も停電したら、不便かも知れない。
それで電車が遅れるのは不便かも知れない。
車に乗れないのは不便かも知れない。
電話が通じないのは不便かも知れない。
食品が買えなくなるかも知れないのは不安かも知れない。
だけど、1日のうちはほとんど電気が通っていて、普通に暮らせて、自分の好物じゃなくても食べるものはある。
なのに心の余裕をなくして、己の欲のままに行動するなんて。
根拠のない話に踊らされて、右にならえで買い占めたりするなんて。
自己満足な、ボランティア・オナニーしようとするなんて。
一呼吸おいて、考えて欲しい。あなたのその一呼吸が、どれだけ大切なことか。
それが出来ないなんて。
人はいくらでも贅沢になって、貪欲になる。
あなたの目の前にある物・事は、本当は当たり前じゃない。
どれだけ自分たちが恵まれているのか、ちょっとだけ考えて欲しい。
被災地の人々の大変さは、どれだけ想像しても分からない。
それを想像すらしない人々の脳みその構造も、私には分からない。
今、自分に出来ることがどれだけあるのか、それもよく分からない。
海外の人は、この未曾有の災害に対しての日本人の行動について賞賛の声をくれる。
だけど、本当ならもっと思いやりのある民族だろう?と望むのは私の贅沢なんだろうか。
ヤシマ作戦やウエシマ作戦を実行する人々、
義援金や物資を供給する企業、
日々やつれていく枝野幸男官房長官、
災害地で働く自衛隊をはじめとする救護活動の人々、
原発の作業に当たる東京電力の人々、
そして、乗り越えようとするたくましい被災地の人々。
私は全ての人に賞賛と応援を送りたい。
停電の夜、本来の夜をとり戻した街で、たくさんの星と、明るい月を見た。
他に灯りはなかったから。
月が眩しいと感じた。
こんな時じゃないと、夜の暗さと月の灯りが分からないなんて。
なんだかもう、いろんな思いが交錯して、涙が出てきた。
早く素敵な日本に戻りますように。
1番腹が立つのは、マスゴミのネガティブキャンペーン。

